大理剣川名勝対聯
「或曰暝頑,或曰灵通,只有任人許説;
几経変故,几経浩劫,算来唯我長生。」と張子斉が洞窟で書き記した。
城南に位置し、石鐘山、獅子頭、沙登村等、全部で16ヵ所の洞窟あり、山沿いに切り開き、石刻芸術の宝庫と称されている。暝頑は「冥頑」ともいい、愚鈍無知で、唐時代の詩人韓癒は『祭鰐魚文』に“不然則是鰐魚冥頑不灵,刺史雖有言,不聞不知也”と書いた。
「発思古幽情,敢于尊崇母系;
是開明創挙,漫道褻涜神灵。」と張子斉が洞窟で書き記した。
「竟同佛祖并尊,果然意味深長,其胆識超越庸才,焉能鄙視;
留下図騰遺跡,莫怪内容荒誕,為后人提供史実,値得研究。」と張子斉が洞窟で書き記した。
庸才:才能が凡庸、低下の人。 図騰:トーテムである。原始社会の中に自然物にかこつけて記号とし、ひとつの団体や一氏族の血統を表示し、神様を尊敬とする対象にし、崇拝者はトーテムという。
「飛崖万状俯層台,観灵秀幽奇,誰云宇内無西竺;
峭壁千尋攢叠閣,睹郁葱光怪,始信人間有洞天。」と高為阜が洞窟で書き記した。
光怪:光怪陸離の略称。陸離:「(色とりどりで)目もあやなこと」の様式が多く、繁雑である。形象が奇異であり、色彩が繁雑することを比喩する。宋時代の詩人欧阳修は『答聖兪』に「况出新詩数十首,璣珠大小光陸離」と書いてあった。
「誰説仙仏王侯威力無窮,已如香燭成灰,煙云幻滅;
唯有労工奴隶天才不朽,得与宝山并寿,松柏長青。」と張子斉が洞窟で書き記した。
「豈不偉哉!宛如鬼斧神工,展開石破天惊之造化功夫,経千劫而仍然生色;
何其奇也!造此懸崖峭壁,鑿出珠聨璧合之琳琅宝庫,歴万年而分外閃光。」と張子斉が洞窟で書き記した。
石破天惊:(文章や議論が)奇想天外であること。唐時代の李賀は『李凭箜篌引』に“女媧煉石補天処,石破天惊逗秋雨”と書いてあった。人を驚かせるという意味。珠聨璧合:真珠を連ね美玉を一つに合わせる。『漢書•律歴志上』に“日月如合璧,五星如連珠”と書いた。
据守在咽喉之地,帰唐附蔵,几度翻云覆雨,是非功過後人評。」と張子斉が洞窟で書き記した。
「意匠超乎流俗,別開生面;
菩薩亦有愁苦,本属常情。」と張子斉が洞窟で書き記した。
「善剪裁,善舗陳,善烘托,善誇張,刻刀超群絶倫,惟妙惟肖;
或威武,或文雅,或庄厳,或美麗,形象顕明生動,多采多姿。」と張子斉が洞窟で書き記した。
惟妙惟肖:描写や模倣が非常に巧妙で本物そっくりである.
「众生是有縁而来,切莫宝山空手;
我仏本無法可説,何須頑石点頭。」と趙藩が洞窟で書き記した。
「谷口泉清,是渇者都凭飲去;
石頭路滑,勧来人且略緩行。」と師荔が洞窟で書き記した。
「大音在在普聞,石韻喧時,千声覚世;
法味人人倶足,云林開処,一鉢放空。」と曾学祖が石鐘寺の食堂で書き記した。
「山静云封香刹古;
岩空水擁石鐘鳴。」と中峰が石鐘寺の静室で書き記した。
「尽底脱去胸中有;
逐一拈来何処無。」と無住和尚が石鐘寺の静室で書き記した。
「問寒梅誰教先老;
与青山結个同参。」石鐘寺の静室より。
「邀来明月同観海;
鎖住閑云石下山。」金華山石刻より。
城西に位置し、山に石刻彫像がたくさんある。
「名山即是仙居,難為外人道也;
遊客若談世事,当以太白浮之。」と趙藩が金華山石刻に書き記した。
「峰影遥看云盖結;
松涛静听海潮生。」景風閣より
「破衲露襟,樵径有霜尋薬冷;
犁耕蔬食,石床无月了経遅。」景風閣より
「十歩之内有芳草;
百世而下聞清風。」と趙藩が景風閣で書き記した。
「謀人田産,淫人妻女,欺人鰥寡孤独,此等悪徒,任你焼香也無益;
孝于父母,友于兄弟,和于隣里郷党,這般善事,見神不拜又何妨。」城隍廟より
「任凭妳無法無天,到此孽鏡台前,還有胆否;
須知我能寛能恕,且把屠刀放下,転回頭来。」城隍廟より
「赫赫厥声,濯濯厥灵,任是是非非,到此明明白白;
昭昭其有,冥冥其无,雖恍恍惚惚,誰不戦戦兢兢。」城隍廟より
「来在天寛地窄処;
待到山高月小時。」と趙藩が賢林で書き記した。
「大千同了義;
不二総忘机。」と李元陽が宝相寺で書き記した。
位于石宝山,始建于元代,原名祝延寺。
石宝山に位置し、元時代に建ち、元の名前は祝延寺であった。
「松蔵一寺小;
云落半崖陰。」と李元陽が宝相寺で書き記した。
「石棧重懸閣;
云亭半蔽花。」と楊慎が宝相寺で書き記した。
「几杵林鐘敲後,月似銀船勧酒;
两行灯火帰時,星如玉弾囲棋。」と楊慎が宝相寺で書き記した。
「月色成波飄塔影;
霜威如鉄剮松陰。」と担当が宝相寺で書き記した。
「舍身喂虎,割肉喂鷹,我仏大慈悲,嘆世人脳満腸肥,一毛不拔;
撮土為香,汲泉為酒,閣門争供養,喜前輩風流遺俗,百代如新。」と趙式銘が宝相寺大殿で書き記した。
「三乘古刹鳴仙鶴;
四照晴花繞石楼。」と王廷表が宝相寺で書き記した。
「不知古寺蔵何処;
忽听疏鐘出此山。」と頼鐘俊が宝相寺で書き記した。
「絶壁懸空,険似泰山将圧頂;
凌云直上,巍如雪岳不低頭。」と張文渤が宝相寺で書き記した。
「雨過樹頭云气湿;
風来花底鳥声香。」と賈惟孝が宝相寺で書き記した。
「极目江皋環錦軸;
半空楼閣倚晴霞。」と朱尹が宝相寺で書き記した。
「夜涵湖光清无垢;
秋送山色翠几重。」と道易が宝相寺で書き記した。
「幽泉落澗迷還出;
絶磴穿云断復連。」と孫健が宝相寺で書き記した。
「泉過仄径清如洗;
松満懸岩翠似流。」と木増が宝相寺で書き記した。
「買得松陰三十里;
撥開雪磴几千層。」と担当が金頂寺で書き記した。
「若説有禅心似塊;
必須無影月才明。」と担当が金頂寺で書き記した。
「高深雄奇五岳之外;
神怪倏然万灵所居。」と趙藩が金頂寺で書き記した。
「万壑群山,渺渺茫茫,勢若万頃波涛奔来眼底;
長林古木,葱葱郁郁,形成千重蒼翠倶入掌中。」と陳銘が金頂寺で書き記した。
「悔不尽千差万錯;
悟透了后果前因。」と寇璜が地蔵寺悔悟亭で書き記した。
「地放一頭,必有异夫人者;
蔵称無尽,何以加于孝乎。」と趙藩が地蔵寺で書き記した。
「准縄開万善法門,大慈大悲,非色非空観自在;
提挈正众生覚路,千手千眼,所指所視戒勿欺。」と袁嘉謨が准提閣で書き記した。
「浮嵐映翠秀堪餐,浣万斛塵埃,但入山来無俗客;
白露蒼葭人宛在,対一湖烟水,還从画里認吾家。」と何立言が金華寺で書き記した。








